新インナーゲーム

当サイトで、私(管理人)はバレーボールの技術について出来る限り科学的(客観的)な話をしてまいりました。また、同じスタンスでたくさんの貴重な議論や投稿をいただいてまいりました。

ただ、客観的な話だけでは指導はできないことも重々承知しております。

たとえば、スパイクのときに肘が下がったままミートするくせのある選手に対し、「肘をあげろ」というアドバイスは有効でしょうか?------もちろん、その選手がその欠点を初めて指摘された場合、すぐに直すことができるかもしれません。しかし、「そんなこと自分だって知っているよ。知っているけど直せないんだよ。」と心の中でつぶやかせてしまうことが多いでしょう。

選手の立場でも指導者の立場でも、「何を意識すればよいのか」「何を意識させればよいのか」は、実は難しい問題なのです。

運動科学―アスリートのサイエンス』でも、陸上の短距離走をテーマにこういう記述があります。

「(1991年東京での世界陸上大会をバイオメカニクス的に分析した結果)より高い疾走速度を得るためには、キック局面の前半から中間時点までの脚の後方スイング速度を高めることが重要である(p99-p100)」
(という科学的分析を元に)
「後方スイング自体を速くしようと意識すると、かえってその動きは速くならない、というのは皮肉なものです。後方スイング自体から意識をはずして、脚が前方スイングから後方スイングに切り替わるフェーズにポイントをおくと、結果として後方スイングが速くなります。(中略)私はこのあたりのことを、「原因と結果の法則」といって説明しています。「真下に踏みつける」という感覚的イメージを「原因」として入力すれば、身体は、素早い後方スイングという「結果」を出してくれます。結果であるはずの素早い後方スイングを原因に入力すると、別の結果が出てしまいます。(p106-p107)」

前置きが長くなりました。

『新インナーゲーム』は、上で述べたジレンマ「ではどうやって指導していけばいいのか」「自分の悪い癖を直すには何を意識すればいいのか」に対するひとつの答えを示します。

この考え方の根底には、人間の動作習得能力に対する深い信頼があります。長くなりますが、訳者の後藤新弥氏の前書き部分から引用します。

テニスやゴルフ、あるいはカヌー、水泳や陸上競技など、あらゆるスポーツは、人生の密度を高め、生きていることのすばらしさをより直接的に体験させてくれる、力強い活動です。

ところが、負けることや失敗への恐れ、自分自身の能力への疑問、見栄、計算といった自我の活動が、自分自身の本来の能力発揮を、しばしば妨げているのを見かけます。スポーツは人生の貴重な悦楽の一つですが、その愉しさを体験することを、人は自分で、無意識の内に妨害しがちです。

たとえば、「プレッシャーに負ける」といった現象も、その象徴でしょう。自分自身を窮屈な鋳型に押し込み、その自由-----上達の自由、勝利への自由、愉しむことの自由------を奪っているのは、実は自分の心なのです。

原著者ガルウェイは、その自我の部分を、マイセルフ(MYSELF)のSELFから取って、セルフ1と名づけました。このセルフ1の妨害行為を減らし、自分自身の本能部分(セルフ2)に自由に活動させることで、人はもっとすばらしいスポーツを体験できるのではないか、その結果、勝利だけでなく、充実感や真の喜びを体験できるのではないか。その革命的な考え方と、実践方法を、「インナーゲーム」(内側のゲーム)と名づけて発表しました。

いわば「集中力の科学」です。

(中略)

誰しもが、今、内側に気づかずに持っている能力を、もっと素直に引き出すためのプロセスが、インナー・ゲームです。

次は原著者(テニスのレッスンプロだったようです)自身の書かれた序文から。

(インナーゲームの理論を発見した)発端は、私自身や生徒たちを観察するうちに、プレーヤーがそれぞれ、「心の内側で、自分自身と会話している」ことに気がついたことだった。「しっかりやれよ」「いいぞ、その調子」「だから、言ったじゃないか」。こうした会話の一部は、恐れや、自己不信からくるもので、プレーヤーがその場で最大能力を発揮することを、むしろ妨げていることに気がついた。その発見がすべての起点になった。

自分自身に話しかけ、叱責し、支配している声の主を、私は「セルフ1」と名づけることにした。(中略)そして、その命令によってボールを打つ存在を、「セルフ2」と命名した。(中略)このような仮定で観察を続けると、じきに「自身(セルフ2)をコントロールし、評価しようとするセルフ1の口数が少なければ少ないほど、実際のショットはよくなる」ことが判明した。また逆に、セルフ2を信頼すればするほど、セルフ1の口数が自然に減ることも、分かってきた。

以上のように、著者はセルフ2を信頼せよと主張します。「手はこうあるべきだ」などと考えるセルフ1は黙っていて、すべてセルフ2に任せている状態がベストだということです。

そうすると、たとえばスパイクの肘下がりを直すにはどうすればいいのか、普通に考えると困ってしまいます。今まで「肘を下げない!下げない!」と心の中で呪文のように繰り返し、失敗してきた選手にとっては、他に代案があることに目が向かないからです。

しかし、当然本書ではその代案が示されています。本書はテニスを題材として書かれていますが、それを私なりにバレーボールに応用して以下書いてみます。

今たとえに挙げた選手はセルフ1セルフ2に命令している状態にあります。これはセルフ1セルフ2のコミュニケーションの仕方が悪いです。セルフ2を信頼していませんし、また、セルフ2には言葉では伝わりません。伝達手段は「映像」と「感覚」が最適です。

この場合、まずは映像で伝えてみましょう。静止した状態でかまわないのでミートする瞬間の肘の伸びたフォームを鏡を見ながら作ってみます。次にそのまま目を閉じて心の中でこの形になるまでのスイング動作を数回イメージして見ましょう。

今度は今のイメージで実際に数回素振りをします。そのとき、体内感覚を感じ取るように意識します。

次にようやくボールを打ってみます。壁打ちから始めれば良いでしょう。注意すべきなのは、このとき、絶対に「肘を伸ばそう」と意識してはいけません。ボールのミートも悪くてかまわないです。

では意識はどこに向ければ良いのか?意識はゆったりとした気持ちで観察に向けましょう。今のスイングでは肘がどうだったか。今のスイングでは胴体(体幹)がどのタイミングでどう動いたか。そしてそれに対し、良いとか悪いとか判断してはいけません。「しまった、肘が曲がっていた」と考えるということはセルフ1が働き始めたということだからです。ただただ、観察するのです。

この観察を続けていくうちに自然とフォームがバランスよく修正されていくことに気がつくかもしれません。

・・・・・・・以上、本書の112ページ付近を参考にまとめてみましたが、果たしてこんなことで本当に劇的な変化が起こるのか、疑問に思う方もいると思います。

私は、その疑問については、科学的に正しさを証明することは出来ないと考えます。まずはやってみてはどうかと提案させていただくのみです。(その点、「集中力の科学」という表記はいかがなものかと思います)

当サイトで今後この考え方を紹介したい場面が出てくると思い、今回は中身を詳しく紹介いたしましたが、実践方法や例など、たくさんのヒントが本書にはちりばめられております。これらをしっかり理解して実践していけば、正しさを実感し、大きな成果を挙げられるかもしれませんね。

最後になりましたが、本書は後半でメンタルトレーニングにも触れられており、その分野でも評価が高いようです。セルフ1の支配からセルフ2を解き放った状態こそ、集中した状態であると主張されています。過去の自分を振り返っても、いわれてみればそうだと納得が行きます。本書は本当に皆にオススメしたいです。

ちなみに、訳者は前述のとおり日刊スポーツの後藤新弥氏です。氏は日刊スポーツのweb版で非常に質の高いスポーツコラム『新弥のDAYS'&冒険』を連載されていますので、こちらもオススメいたします。バックナンバーを読めないので頻繁にチェックしてみてください。

本屋での入手難易度:★★★ 難

★★★ 難:地方中枢都市の大きな本屋でもほとんど見かけない
★★☆ 中:        〃             たまに見かける
★☆☆ 易:        〃             よく見かける

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一見すると本書は、書店でよく見かける、大昔の常識をそのまま載せた入門書の仲間ようにも見えます。しかし、内容の誠実さは群を抜いて素晴らしいものがあります。

肩書きだけの入門書(元全日本など)とこの本とを同じようなものだと考えると、バレーボール人生において損をすることになるでしょう。

書店にも良く置いてありますのでぜひ一度手にとってご覧下さい。

『基本から戦術まで バレーボール』についての詳しい書評やコメントの投稿はこちら

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