コーチング/コーチング基本知識

スポーツのコーチングの基本とは?教えるコーチ・教えないコーチ

コーチングはスポーツだけではなく、ビジネスなど、様々なことに応用できる技術。一般に「コーチング」というと、指導者が選手に正しいやり方を「教えていく」姿を思い浮かべるかもしれません。しかし実は、「教えない」コーチングというものもあります。

宇都出 雅巳

執筆者:宇都出 雅巳

コーチング・マネジメントガイド

正しい技術を教えるのがコーチ?

スポーツでのコーチングは有名です。

スポーツでのコーチングは有名です。


“コーチング”といって、多くの人がまず思い浮かべるのが、スポーツにおけるコーチでしょう。スポーツ選手には必ずといっていいほど、コーチがいます。選手に常に寄り添い、時には厳しく、時には優しく励ましながら、手取り足取り正しい技術を教えこむ。これが一般的な“コーチング”のイメージではないでしょうか?

ビジネスやマネジメントの世界で“コーチング”というと、このようなスポーツの延長から、部下をスポーツ選手になぞらえ、部下に対して密接にかかわりながら、正しいやり方を教えていく姿を思い浮かべるかもしれません。

しかし、“コーチング”が注目され、ビジネスなどにも活用されるようになったのは、こういった正しい技術・やり方を教える従来の「教える」コーチに対する見直しから始まっているんです。
   

教えるコーチングでダメになっていくことも

「もっとヒジを上げて!」
「腰から回さないとダメだよ」
「肩の力を抜いて!」

コーチから選手に向かって投げられるさまざまな指示・フィードバック。確かにその一つ一つはもっともですが、それらを意識してやろうと思えば思うほど、余計に身体が動かずできなくなっていく。そんな体験はありませんか?

仕事でも上司から指導・注意を受ければ受けるほど、考えることが多くなり、仕事が難しく感じられて行動が鈍っていく。例えば、この「コーチング・マネジメント」でさかんに取り上げている「聴く」ことについても、いい「聴き方」を意識してちゃんと「聴こう」とするあまりに、よけいに人の話が聴けなくなっているかもしれません。

相手によかれと思ってやっている「教える」ことが、逆に相手を縛り、動けなくしている可能性があるのです。
 

「教えない」コーチは何をする?

ボールの縫い目をみる

ボールの縫い目をみる


教えることの弊害と、教えないことの可能性に気づいて、新しい「教えない」コーチを始めたのは当時テニスのコーチをしていたW.T.ガルウェイ氏。今から30年以上も前のことです。彼は選手に対する言葉を減らして、ただ選手を観察したときに、選手が自然に正しいやり方を習得するのに驚いたといいます。そこから、彼はさまざまな「教えない」コーチング手法を開発していきました。

その一つが「ボールの縫い目を見る」

テニスの選手に、「ボールの縫い目を見る」ことだけを意識させるのです。これは難しいことではありません。とはいえ、単に「ボール」を見ることは簡単ですが、「ボールの縫い目を見る」ためにはかなりの注意が必要となります。これによって、これまでよりも早い時点からボールを見始めるようになり、打つ直前まで見続けることができるようになるのです。

「ボールがずっと大きく見えるようになった」

選手の多くが持つ感想です。こうなれば当然、ボールを打つことも楽になり、より思い通りに打てるようになることは言うまでもありません。

そしてさらに重要なのは、ボールへの集中が強いので、「ああしよう・こうしよう」という余計な考えや力みがなくなり、リラックスした状態を保てることです。肉体の自然な動きがそのまま出ることで、結果としてうまく打てるようになるのです。こうやって「教える」コーチングが作り出す状態とは対極の状態を作り出していくのです。
 

自分の現状を知れば変わり始める

もちろん、ボールに集中するだけで何もかもがうまくいくわけではありません。テニスでいうと、もう一つの大事な要素はボールを打つラケットです。

従来の「教える」コーチであれば、「ラケットをもう少し早めに引いて」とか「もっとボールを自分よりも遠い位置でとらえて」といった指示をするかもしれません。しかし、ガルウェイ氏の場合は違います。

「ラケットがどこにあるかを感じてみて」

ラケットをどうするかではなく、ただ位置を感じるように言うだけです。どこが正しい位置なのかを教えるのでもありません。正しい・間違っているかを判断するのではなく、ただ観察することを促していきます。

「ラケットが早めに引けるようになってきた」

観察することを続けていくと、ラケットを引くタイミングなどが自然と変わっていきます。ラケットに対する意識のレベルが上がる中で、意図的にある部分を直そうとしなくても、自然と直っていくのです。
 

セールスでは「見込み客の縫い目を見る」

相手の関心の変化を観察する

相手の関心の変化を観察する


ガルウェイ氏はこの「教えない」コーチの考え方を、テニスではなくスキーやゴルフなどの他のスポーツ、さらにはセールスなどのビジネス分野に応用して成果をあげてきました。例えば、「教えない」コーチであれば、セールスに対してどんなアプローチをするでしょう? 先ほどのテニスの例を参考に考えてみてください。

セールスではテニスのボールに当たるものは見込み客です。ラケットに当たるものは、商品知識・セールストーク、パンフレットやプレゼンテーション資料などのさまざまなセールスツールです。従来の「教える」コーチであれば、「こんなときにはこう言いなさい」「ああ言われたら、こう切り返せ」といったラケットの使い方の指示を出すところでしょう。「教えない」コーチであればどうするでしょう?

ここで思い出してもらいたいのが、「ボールの縫い目を見る」。セールスにおいて、「ボールの縫い目を見る」ことは何に当たるでしょうか? ガルウェイ氏はビジネスへの応用例を取り上げた著書・『インナーワーク』でこんなやり方を紹介しています。

「見込み客の関心レベルの変化に注意しなさい」

見込み客が商品・サービスにどれだけ関心を持っているかに注目し、そのレベルを上げようとするのではなく、どのように変化していくかをただ観察するわけです。これによってテニスの場合と同じことが起きます。

「見込み客の状態がより把握できる」

見込み客への注意が高まりますから当然のことです。そして、このことはセールスにとってプラスであることは言うまでもありません。さらに重要なのは、注意が見込み客に向くことで、「売ろう」という力みがなくなることです。リラックスした状態で、ラケットに当たる商品知識をはじめとするツールを使うことができるようになるのです。
 

教える上司・教えない上司

教えるコーチ・教えないコーチ。いかがだったでしょう? あなたは上司として、どちらのコーチですか? 従来のスポーツのコーチの延長でコーチングを考えていた人には、新しいコーチングについて理解するきっかけになったと思います。

まずは、「部下の“縫い目”を見る」ところから始めたらどうでしょう? 具体的には部下のモチベーションレベルの変化を観察することなどが考えられます。

また、「自分の“ラケット”がどこにあるかを感じる」ことも有効です。例えば、あなたが部下に対してどんな言葉を、どんな言い方で、どんな姿勢・ボディランゲージで出しているか? ただただ、観察してみてはいかがでしょう。ICレコーダーで録音して、後で聞くのもいいかもしれません。

「教えない」上司への変身は、部下だけでなくあなた自身もリラックスさせ、成長を促していきます。試してみてください。

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