『魂』を揺さぶる読み物

熱血指導者・・・by芭麗人さん

県外の若きチームが練習試合に私のチームにやってきた。

そこの監督は若くその指導は『熱血』であった。選手を徹底的に絞り体罰指導を行った。

私はしばらくその光景を見ていたが、他のチームの選手といえ殴られているのを見るのは気持ちの良いものではなかった。

しかし次のその監督の言葉にびっくりした『やっと先生のような指導が出来るようになり、チームも優勝を狙えるようになりました』そしてそれを聞いていた他の監督も『先生の若い頃にそっくりだね』・・・私は気が動転した

(正直に告白しよう私は過去に『選手を殴ってさえいれば強くなる』と思っていた時期があった)

そんなバレーの時代だった(?)日本列島バレーブームの中、どこでもそんな指導をしていた・・それを『熱血指導』ともてはやした時代でもあった。

馬鹿な私は何もスポーツの本質・指導の本質を知らず、それを信じて単なる猿真似をしていた。いや『選手に舐められないように』という単なる私のイキガリたい部分であったのかもしれない。

「自分のことさえ聞いていれば必ず勝たせる」と言い・・・自分では『選手の為に・・』などと言い訳がましいことを言い、毎日のように体罰指導を行っていたのである。

しかしそれがいやでやめていった、自分にとって宝であるはずの選手もいたのである。

当時それには全く気がつかなかった・・『指導についてこれない・・ひとつのことも満足に出来ない馬鹿なやつ・・』と一笑にふしたのである。

選手の夢を奪ってしまったのである・・まったくもってこんな人間を『指導者』などと呼んではいけない代表のような男なのである。

『体罰』の恐怖を与えての指導を受けたチームは勢いがあった、下位のチームには圧倒的な力で勝ち、相手を声でそして顔で威圧した。

しかし勝ち進み強豪校と対するとき、選手達は相手チームの自信に溢れた顔の前に逆に卑屈な顔になった、全く力を発揮できないのである。

まさしく力関係でしかものを考えられなくなっていたのである。

勝てるわけがないのである。

(そんな者達は弱い(?)チームに対する思いやりなど全く持てなかった・・弱者には強く強者には弱い人間を作ってしまったのである)

相手の頭脳的なプレーに対して全く対処出来ないのである、歯が立たないのである・・・それは『考えてバレーをする習慣』がないからである・・・そんな時選手がベンチの私に情けない顔で助けを求めても、私自身が『考えてバレーをする』意識がなかったのでどうすれば良いのか、そして何と声を掛ければよいのか全く分からなかったのがまさしくその頃の私だった。

暴力の連鎖

なにより暴力体質の連鎖が何時の間にか出来上がっていた。

私が選手に体罰の指導を行うと、陰で当然のように下級生に対して同じような行為をした・・そんな時私は   『後輩に手を上げることを一切許さぬ』とまた体罰を行った。

(おろかな私はまだどこに原因があるのか全く分からなかったのである)・・すると彼らは次には物にあたった部室は荒れ放題だった。体育館のトイレは破壊された・・そしてそれは何時の間にか伝統となっていった・・

ある日『もしかしたら・・・と』・・愕然とした。

私は力で人を屈服させるような人間を『最低の人間』と常に言っていたからである・・そしてそれはまさしく自分の姿であったのである。

結局そんな指導の中からは自らの夢を持てる『自ら考えて、自ら戦う』・・『心』を持った選手が育たないことを知った。

好きで始めたバレーのはずなのに、そのことで『二度とバレーなんか・・』と言わせてしまったり、まして『殴られなければ、そして怒鳴られなければ動けない人間を作ってしまったら』それはもう指導とは言えないであろうし、スポーツをやる意味がないのである。

いくら厳しい指導であってもそれが選手の可能性を信じて行うものでなければ。

主役は指導者ではない、選手なのである。

結局のところ私は『自分を信じて、自分の夢の実現に向かって毎日汗や涙を流す選手達』の単なる応援者にすぎないのである。

しかし同時に次のように思うこともある。

IT上の書き込みに対して『体罰は犯罪だ、選手をののしることだって、大きな声で叱る事だって同様だ、子供の人権を考えたらそんな指導はできないはずだ、もしそんな指導者がいたら訴えればいい、法律を勉強したらそんなことわかるはずだ』

こんな意見の書き込みをみて、一気に気持ちが退いてしまいました。

スポーツの指導に法律論、そして人権論まで持ち出して、ここまで断定されてしまったら・・私は何も言うことが出来ないし・・もっと言えば私のような力の無い者は『だまって何もするな』と言われているようなものなのです。

人権論者に言わせれば、我々が毎日おこなっている『鍛える』などほとんどが人権侵害であるし、とんでもないことなのでしょう。

そして私などは最低な人間なのだろうと思う。(いや最低な人間であろうが)一つの事柄について意見を述べるのは良いとしても、断定をしてしまったら正しい議論がなされないであろうし、私などは議論をする気にもならなくなってしまうのです。

『鍛える』

今から10年以上前の年の暮れ、指導歴30年を超えるA監督率いるB県の全国常連校T工業高校が合宿にやってきた。その年も全国に出場したが新チームは今一歩のようであり全てのセット我がチームに5点以内に抑えられていた。監督はセット間に選手をしぼり、叱咤激励をした。

夕方の練習を終え、我々は外の風呂を終えて合宿所に戻り部屋を覗くと、監督の留守を知り気が緩んだのか、約束の就寝時間が過ぎたにかかわらずT高の選手が大きな声で歌を歌いながらトランプをしていました。

A先生は激怒した。

『練習着に着替えて体育館に集合しろ。何をしにココまで来たのだ』と言い自身も体育館に向かった。

暫くの後に体育館に行き戻ってきた先生は「器具庫にあったバスケットボールを借りたよ、『いいと言うまでバスケットボールで直上パスをやっていろ』と命じてきた。

夜も遅いので近所に迷惑になるといけないから『声を出さずにやれ』と言ったし、光が漏れるないように水銀燈はつけなかったから」と言った。

私達は興味本位もあり1時間ほどして体育館に様子をうかがいにいった。

選手は真っ赤な顔をしてパスを続けていた。

水銀灯を点けずにハロゲン燈だけにしたせいか、顔がいやに赤く見えた。

しかしそばに寄ってみた私達は次の瞬間気が動転して言葉を失った。

顔が赤く見えたのは長い間バスケットボールでパスを続けた為に指の先の皮がむけて血が顔にしたたり落ちていたのである。

次の年このチームはやはり全国大会に出場した。

ここに偉大な監督の力と、それを心で受けとめる選手の姿勢がある。

人権論者にとっては『生徒に対するとんでもない虐待』なのであろうか?

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