スイカ

『魂』を揺さぶる読み物

スイカ 「卒業生一人一人が宝である」 by芭麗人さん 2006-6-22


S学園の卒業生にY君がいる。
体育館もなく外のコートで練習をしていた頃のバレー部黎明期の選手である。口数が少なく、勉強は苦手であるようだが、提出物の類は期限を守ったし身なりはきちんとしていた。他の選手達が泥だらけになった練習着を何日も着ているのに対して彼は極端に汚れを嫌い、着替えをこまめにして、いつもこざっぱりとした服装をして、授業中に紺のハンカチを出して額の汗を拭うしぐさが教員間で話題になる生徒であった。
そんな彼が喫煙をした。
問い詰める私に「ごめんなさい」それだけ言うのがやっとだった。
呼び出した役所勤めのお偉いさんだという父親の態度にすべてを納得した。頭のてっぺんからつま先までちり一つついていないような全く隙がなく身なりをしていた。
 子供に対して厳格であった。本人同席の面接をしたがYが何かを言いかけると「お前は喋らなくていい」と遮った。兄の優秀さと比較してYのだめぶり?を雄弁に語り帰っていった。   彼はそんな父親を寂しそうな顔で見送った。
優秀な家族の中の『出来の悪い(?)子供に冷たい』・・・私にはそうとしか思えなかった
・・・・『喫煙はそんな父親に対する反発なのだろうか?』私は複雑な気持ちになった。
長く謹慎を続けるより・・・と、そんなYをすぐに練習に復帰させ汗を流させた。
彼は相変わらず、声を出すことが出来なかったけれど一生懸命ボールを追った。
ある日、少ない人数で毎日泥だらけで練習をしているバレー部を応援してくれるA先生がバレー部とYを励ますべく栄養会を開いてくれた。  
 鍋物だった。
しかし彼は出された箸をみんなでつつくことにビックリし、手をだそうとしなかった・・それとなく聞くと『家で皆が一つのものを共有することなどない、まして一つのものに皆で箸を出すことなど・・・』と呟いた。
『鍋というのはここに良いとこがあるのだ』と説明したが、結局手を出すことが出来なかった。  A先生はそんな彼の言動に驚きつつも、気を使って1人分だけ作ってくれた。
彼が2年の夏・・バレー部として初めての合宿を行った。
暑い夏だった・・・若かった私は選手を絞りぬいた。選手はどろどろになってボールを追った。
そんな合宿の最終日がきた。その日父兄から差し入れられたスイカで・スイカ割りをした。ふぞろいの形に割れたスイカを選手達は我先にと泥を払って貪り食ったがYはついに手を出すことがなかった。
彼は『きたないから』と言った・・・・しかしそう言いながらもそんな光景をまぶしそうに見ながら、『こういうのもいいなー』とぽつんと言った。
そんなこんなで終えた記念すべき第一回の合宿であったが、最終日私は
「この初めての合宿は忘れない。何時の日か絶対県で優勝して全国に行くから。その為にも毎年夏には合宿をやるから、大人になったら後輩に気合を入れにやって来てくれ」そして「そのときには必ず差し入れもわすれないように・・・」と冗談とも本気ともつかない言葉で締めくくった。
 
それから10数年の月日が流れた。
夏のある日の午後、たまたまその日会議があって遅れて体育館に顔を出した私にマネージャーが「OBの方が見えられました.暫くニコニコしながら練習を見ていましたが。整列した選手に『ガンバッテ今は辛いかもしれないけど必ずいいことがあるから』と一言だけ言って帰りました・・・『先生によろしく』とのことでした。」
私は『名前はナンと言ったのだ』と聞いたが「名乗らなかった」とのことだった。
しかし続けて言うには「先生の教え子にしては(ほっとけ)夏なのにネクタイをした紳士風の人でした。それと帰りに何故か『バケツを二つ貸してくれ』と言い・・外に持っていきました。」・・・それではそれが誰なのか・・全く分からなかった。
それにしてもナンだろう。そう思って外に出てみると、水飲み場の水道の蛇口からチョロチョロ涼しげに流れ出た水が青いハンカチの上に落ちてその下のスイカを冷やしていた。  
それは二つあった。
暫くの後に体育館に顔を出したバスケット部のA先生が『Yが来たでしょう?』そう言った。
『バスからスイカを二つぶら下げたYが降りてきて、汗を拭き拭き体育館の方に向かって歩いているのを見かけた』とのことだった。
Yの顔を思い出した・・・・  両手にスイカをぶら下げたYの姿が頭の中を駆け巡った。

Yはその日も口数少なく、去っていった。
 
その日選手達と食べたスイカは格別な味がした。

さまざまな選手、そしてバレーの仲間との沢山の出会いの後、私は運良く『夢』を果たすことが出来た。しかしいつも思い出すのは勝てなく、勝てなくて、いつか勝とう、いつか夢を実現させようと一緒に涙と汗を流し、共に夢を追いつづけた選手との日々である。
もしかすると本当の夢とはこんな選手との出会いのことだったのではなかったのか、今そう思っているのである、だからこそこの歳になって再び夢に向かって走り始めようとしている。
そしてこんなYをはじめ素晴らしい選手達と一緒に若き日を過ごすことが出来たことを誇りに思う。  千人の私の前を通っていた選手に千の『心』がある

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