スパイクフォームの考え方

 前半はスパイクを理論的に考察しています。最後の方にはスパイクフォームの身につけ方も添えてみました。長い文章になってしまいましたが大雑把にでもイメージを掴んでいただけたら幸いです。

ライン形成と肩の動き

 力学的に見てスパイクフォームで大切なことは

・打点を高くすること

・スイングスピードを速くすること

・ミート時に腕が一体となり、腕の運動エネルギーをボールに上手く伝えること

の三つです。これらを実現するため、ゼロ・ポジション( 参照を利用したり腕の内旋(ジルソン選手のスパイクフォーム参照)を考えるわけです。最初のポイントを念頭に置き、またいろいろと着眼点を変えてジルソン選手のスパイクフォームや以下の文章を読んでいただくとスパイクについて理解が深まるでしょう。

考察

●打点を高くすること

ミート時のフォーム ミート時のフォーム

 まず、上の写真の様に腕を垂直に伸ばして打点を稼ぐのは異論のないところでしょう。そしてもう少し詳しく見てみると、いわゆる体軸(=背骨のライン)は斜めになり、またやや曲がっていることも見てとれます。両肩を結ぶラインは体軸と直角に交わっているわけではありません。

 また、左の写真だと判りやすいですが、左股関節から右肩を通って手の先まで一直線になっています。これを小山氏は「ライン形成」と名付けています。鏡を見てフォームを造るとき、このライン形成を意識するとやりやすいと思います。

 また、私見ですがライン形成を上手くやればゼロ・ポジション( 参照も上手く活用できるはずです。

●スイングスピードを速くすること

 スイングスピードについては色々な要素が絡み合っていますので、ここでは(1)慣性モーメント、(2)肩の動き、の二つに話を絞ってみます。

(1)慣性モーメント(物理の話を簡単に)

 「慣性モーメント」なんて言うと偉そうですが、大雑把に理解する分にはそんなに難しくありません(私も大雑把にしか理解していません)。

 「モーメント」というのは要するにテコの原理です。シーソーでは支点の近くに座った人を動かすのは簡単ですが、支点から遠くに座られると持ち上げるのに苦労しますよね。モーメントというのはそういうことです。そして支点に近い場合を「モーメントが小さい」、支点から遠い場合を「モーメントが大きい」と表現します。

 「慣性」というのは高校の物理でも詳しく勉強しますが、簡単に言うと「物体は外部から力を加えられない限り、定速で同じ方向に動きつづける」という法則です。「定速で同じ方向に動きつづける」というのは止まっている物体は止まり続けるという場合も含みます。

 そして「慣性モーメント」というのは、「同じ重さの棒なら、短い棒のほうが素早く振りまわせる」ということです。棒を振り回そうとする時、「慣性」が働いて棒はその場に留まろうとするのですが、それに力を加えて動かす(回転運動)には「モーメントの小さい」短い棒のほうが必要な力が小さいのです。

 さて、これをスパイクに応用すると腕をたたんでモーメントを小さくスイングしたほうがスイングスピードが上がりそうです。実際そうしたほうが無理なく素早く加速できるのですが、それが常に当てはまるかと言えば、事はそう単純ではありません。自動車に置き換えてみると判りやすいでしょう。「モーメントが小さい」というのは自動車で言えばローギアに入っているわけです。確かに発車するときは大きな力を出せるローギアを使うとスムーズに加速できるのですが、エンジンには最適な回転数というものが存在します。ローギアでは回転数を限界まで上げても車の速度はたいして上がらないのです。

 そしてシフトアップする過程は、スパイクで言えば腕を伸ばして「モーメントを大きくする」過程に例えられます。腕を伸ばすとモーメントは大きくなりますが、手の先の速度は(角速度が同じなら)速くなりますよね。つまりフォワードスイング終盤(ミート直前)では腕をしっかり伸ばして、自動車で言うトップギアに入れておきたいわけです。

 まとめると、フォワードスイング初期では腕をたたんで(肘を曲げて)加速させ、終盤では腕を伸ばすのが合理的だ、と「慣性モーメント」から説明できるわけです。

 自動車に例えたついでに言いますと、シフトアップには適切なタイミングと言うものがあります。F1でもスタートダッシュを決めるためにはこのタイミングは非常に大切ですよね。普通に道路を運転する時でも、2km/hでセカンドに入れたり、セカンドで50km/hまで出すことはありません。そして同様にスパイクスイングでも腕を伸ばすのに良いタイミングというのが存在するのです。このタイミングの調節は無意識に行うものですが、事前(トップポジション時)に前腕を回外位回内位( 参照に固定したり、手首をやや裏に反らせたりしてコントロールすることもできます。この工夫が上手く行けばリズムの良いスムーズなスイングが可能になるのです。この工夫は骨格の個人差などによってひとりひとり違うでしょうから、自分で鏡を見つつ、修正・工夫していくべきものです。(ちなみに前腕を回外位回内位、手首を後ろに反らせるというのが私の工夫です)

(2)肩の動き

横から見たフォーム
横から見たフォーム
横から見たフォーム
横から見たフォーム
横から見たフォーム
横から見て
トップポジション
トップポジション

 さて、ここのメインテーマはスイングスピードを速くする方法ですので、その見地から肩の動きを見てみます。

 まず、「手打ちになるな」といって身体全体を使うよう指導することがあります。これはスイング中、肩も前に動かすという意味も含むと思います。これからわかるように肩の動きはスパイクで非常に重要な要素なのです。ただ、どのように動かすべきかについては色々な意見がありますが、なかには明かに間違った意見も目(耳)にします。肩の動きというのは理論的な説明がしづらいので、感覚的にイメージとして解説していきます。

 まず、メジャーな説明方法として「肩は体軸(=背骨?)を中心に回転させろ」というものがあります。「回転」ではなく「上体の捻り(ひねり)」と表現する人もいます。正確には身体全体の回転と上半身の下半身に対する捻りが組み合わさったものだと思います。これらの表現は●打点を高くすること(↑)の項目で説明したように体軸を傾けて考えるなら、あながち間違いとは言えません。私もこのイメージを四分の一ぐらい採り入れています。くれぐれも、体軸を傾けた場合の話であることにご注意ください。

 ところで何故肩を動かすのでしょうか?それは最初に示唆したように、腕のスイングスピードを速めるためです。それでは肩を動かすと何故スイングスピードが速くなるのでしょうか?

 これは釣竿を振る(キャスティングでしたっけ?)場合を考えるとわかりやすいでしょう。「釣竿=腕」、「釣人の動き=肩の動き」と考えて見てください。「釣人の手首あたり=肩関節(正確には肩甲上腕関節)」ということになります。ここでの釣人の動きが鍵になります。

 まず、釣人はキャスティングする際、手首部分だけを曲げ伸ばしして振るわけではないですね。最低でも腕は振るはずです。つまり手首の位置は移動するのです。これをスパイクスイングに置きかえると、スパイクは肩関節だけを曲げるのではなく、肩の位置は前方へ移動すべきなのです。

 ここで大切なのは、釣人は手首の位置をどのように移動させているのかという点です。例えば釣竿を垂直にオーバースローのように振る時、腕はどの様に振るのでしょう?腕は同じく垂直に振るはずです。決して横に振ることはありません。つまり、釣竿の回転面と釣人の腕の回転面は一致するのが最も効率が良いわけです。

 これをスパイクスイングで考えてみると、腕のスイングの回転面と肩の回転面は一致するのが理想的だとわかります。ただし、肩の回転軸を体軸と考えるだけでは回転面の一致は実現できません。体軸を水平にするのはまず無理だからです。

 しかしジルソン選手の横からのフォームを見ると、胸あたりを中心に肩が綺麗に回転していることがわかります。そして右下の動画(GO!)を見ると肩の回転面も垂直にかなり近いこともわかるかと思います。これはどの様に行っているのでしょうか?

 その疑問は、自転車のペダルを思い浮かべることで解決します。右ペダルに右肩を重ね合わせ、左ペダルに左肩を重ね合わせて見て下さい。こうすると、両肩を結ぶラインが垂直でなくても、右肩が垂直面上の円の軌跡を描くことは可能だと判ります。ジルソン選手の肩の回転はまさにこの動きなのです。これで左肩の使い方のイメージは掴めるかと思います。

 さて、この「ペダルの動き」を実現するために、肩には便利な仕組みが備わっていることに気付きます。それは肩甲骨です。背骨に対する肩甲骨の位置を的確に変えることによって、ジルソン選手のように肩の垂直面回転が実現できるのです。具体的にはトップポジションの段階では肩甲骨を背骨下側に引き付け、ここから肩甲骨は徐々に上方へと移動するのです。

 「ペダルの動き」は「肩の回転」から派生したイメージですが、実際のところこれらのイメージは両方とも有用ですので、今後肩の回転とペダルの動きは違うものとして考えることにしましょう。

 そして「肩の回転」については、前述の様に体軸が左にやや曲がっていることもジルソン選手のスパイクに役立っています。さらに、この状態を実現するためには、左の一番上の写真の段階で胸を反らせる動作が効果的です。

 さて、ここまでは肩の回転という表現で肩の動きを表してきましたが、今度は私のメインのイメージについてお話します。それは「弓なり」のイメージです。ただ、この「弓なり」という言葉自体はメジャーな説明ですが、何が弓なりに反るのかに注意が必要です。一般的には「身体を弓なりに反らせろ」などと言われますが、これは端的に背骨のラインを反らせる事を指していると思います。しかし、私の言う弓なりはちょっと違うのです。

 では何を弓なりにするかと言えば、前述の「ライン形成」で使った左股関節−右肩のラインを弓の様に利用して動かすのです。イメージできるでしょうか?人によってはこの動きを「上体の捻り」と表現することもあると思いますが、上体の捻りという表現は肩の回転のイメージと混同し易いので注意すべきでしょう。

 この「左股関節−右肩のライン」を弓のように動かすイメージは、PNF理論でいう「対角−螺旋運動」と親和性があると考えています。人間にとって基本的な、つまり利用価値の高い動作だと言うことです。

スパイクサーブ
スパイクサーブの動画

 以上の様に私の場合、「肩の回転」が四分の一、「ペダルの動き」が四分の一、「左股関節−右肩ラインの反り(弓なり)」が二分の一の割合でイメージしてスイングしています。そして肩の回転の開始のきっかけ、言い換えれば左股関節−右肩ラインの戻り始めのきっかけとして、左腕を下に引き付けることを意識するとスムーズに行きます。もちろん先に左肩から左腕にかけてを上に伸ばしておくことが前提です。これはペダルの動きからも理解できますが、前述の「対角−螺旋運動」とも関係があると考えています。

 肩の動きの項目の最後に、右のスパイクサーブの動画でより鮮明なイメージを焼き付けて下さい。どうでしょう?肩を回転させてペダルの動きをしているように見えるでしょうか?それとも「左股関節−右肩のライン」を弓のように動かしているように見えるでしょうか?・・・表現は様々でしょうが、要は良いフォームのイメージを画像として頭の中で再現できれば良いのです。そのイメージを基に練習していけば、その良いフォームが身に付くはずです。ビデオなども活用して、ぜひより良いイメージを描き、上達して欲しいと思います。

* 「(3)ミート時に腕が一体となり、腕の運動エネルギーをボールに上手く伝えること」については今回は割愛します。いずれまた。


スパイクフォームの身に付け方

 良いスパイクフォームを身に付けるための順序として、「正しいイメージ→鏡を利用して素振り→壁打ちなど実戦に近づける」というステップを踏むのが良いでしょう。ここではその際のコツを述べてみます。

 まず、正しくイメージできるまでは素振りや壁打ちをやってはいけません。・・・ウソです。そんなわけはありませんね。正しいイメージはビデオを見たり、このHPを読んだりするだけで身に付くものではありません。素振りや壁打ちなども同時に行い、そのフィードバックも大切なのです。

 次に素振りのコツにいってみましょう。素振りは手に何も持たないほうが良いでしょう。何か持ったりすると余計な力を加える分リラックスしずらくなりますし、腕の各部分の重量バランスも崩れてしまいます。ただ、何も持たなければ肩のブレ−キングマッスルに過大な負担がかかるのも確かです。ですので全力で振り切る素振りはしっかりアップして行い、かつ精神集中してその分数を減らす様にしましょう。肩の調子が良くても全力の素振りは一日10スイングまでです。(ケガの予防)

 素振りのもう一つのコツは、最初のうちはスイングを幾つかのパートにわけて、リズムをとって行うことです。こうするとブレ−キングマッスルに負担をかけないスピードでも余計な筋肉の力を抜きやすいのです。逆にリズムをとらずにしかもゆっくりしたスイングで素振りをすると、働くべきでない筋肉(三角筋。僧帽筋など)が腕を持ち上げておくために働いてしまいます。のちに全力で素振りする段階になったら、この意味でリズムをとる必要はなくなるのでスムーズな流れを重視してください。

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(2000年8月)